魚眼日記

その女、七転八倒につき

4月24日(火)くだらない30代ちゃん

こんばんは七転八倒です。

スティッチに銃口を向けるリロ~コント『復讐』より~。




リロ&スティッチが流行った頃にリロに似てる似てるとよく言われていました




流行ったのもつかの間、いつしかスティッチばかりがフィーチャーされ出し




リロは背景に追いやられ徐々にその存在感が薄れていきました。





そして気づけば隣には知らない女子且つコンビではなくピンで活動し始めるスティッチ




私はリロの気持ちを代弁すべくその恨みの限りをコントに託し




スティッチ暗殺計画を立てたのでした。
なんでだよ



これは32歳くらいだと思います




息子らへ




母さんの30代はくだらないことに命をかける歳だったのだ




でもいいか




微塵も後悔はしていないぞ




いつか




君らと分かち会う日が来るだろうか




またね!











  1. 2018/04/24(火) 10:47:26|
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4月23日(月)私の前夜祭ちゃん

こんばんは七転八倒です。

私の30代。




明日でとうとう40歳になるので私の30代に想いを馳せましょうか




ちょ、くそどうでもいいんですけど!!という方はこのブログは退出いただいて




マイナビウーマンの「30代モテる女の条件」でもご覧ください
なんでだよ




私の30代は挫折と結婚と出産を経験した歳です




そう考えると激動の10年と言えるでしょう。




以前劇団の公演のフリーペーパーに掲載した私が旦那のことを介して妊娠に至る経緯を書いたコラムが出てきたのでご覧ください






渡辺美弥子の『哲士記』


美弥子大学一年の冬、明大劇研に入部。
翌年の春、竹田哲士が明大劇研に入部。
哲士はパーマをかけて変な髪型だった。
哲士入部以降、劇研の脚本は全て哲士が書く。
美弥子、哲士を好きになる。
哲士、他の女と付き合う。
美弥子、鎌倉へ行き大仏様に2人の破局を願う。
大学3年の秋「電動夏子安置システム」を旗揚げ。

美弥子、割とすぐ哲士に告る。

動揺した哲士に少し待たされるも恋人になる。

美弥子、割とすぐに劇団員に報告。
動揺した劇団員に失笑されるも公認に。

美弥子、哲士のために「焼きもち」をたくさん焼く。
焼いては哲士に食べさせ焼いては食べさせ、ついに哲士が腹をこわす。
仕方がないので美弥子、一人芝居「ある女」を始める。
美弥子「ある女」で大量のもちを消化することに成功。

以降美弥子、「笑い」に取り憑かれる。
美弥子と哲士はいつも手を繋いでいる。

でも高田馬場だけ哲士は美弥子の手をはなす。
ある晩寝ていると、哲士が美弥子の指に何かをしていた。
哲士、リングサイズゲージで美弥子の指のサイズをはかろうとしていた。

美弥子は寝たフリをした。

翌朝、哲士が堂々と指輪のサイズを聞いてきた。
「はかれなかったんかい!」
美弥子は心の中で叫んだ。

『PerformenⅤ』の本番中、哲士は美弥子にプロポーズした。

美弥子は即答した。
昨年の7月二人は入籍した。
その年の11月、美弥子は大きな挫折をした。
美弥子は「終わった」と泣きじゃくった。
哲士は「終わってない」と抱きしめた。
美弥子は100回、哲士に八つ当たりをした。

哲士は100回、美弥子の八つ当たりをたいらげた。

美弥子は「子供が欲しい」と言った。
哲士も「子供が欲しい」と言った。
美弥子はタバコをやめた。
二人は子供を作ることにした。

美弥子の股の間から哲士の精子が漏れてきた。
哲士は美弥子の足首を掴んで逆さに降った。
二人に子供ができた。
多分男の子。
「芸人にしたい」と言ったら
「そういうと言っちゃだめだ」と哲士が言った。
予定日は2月1日です。


渡辺美弥子

またね!
  1. 2018/04/23(月) 11:24:43|
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4月21日(土)幼児世界共通ちゃん

こんばんは七転八倒です。

幼児公用語。




あれだけご執心だったキュウレンジャー熱とクロスフェードするかのように




パトレンジャーvsルパンレンジャーが息子の支柱に台頭し始め




ガチャガチャで狂ったように集めたキュータマも今や




よくわからないオブジェと化し




ご褒美のバスボールで一体一体集めたフィギュア達も




白壁を彩るただの装飾と化し




あれほど使っていたシシレッドの決め台詞「よっしゃラッキー!!!」はもはや死語と化しました。
たまに私が使うとスベった感がすごい。




子どもの切り替えの早さと残酷さが露呈したわけですけども




それが良くも悪くも子どもというもので




嘆いてばかりいてもつまらないのでここはひとつ
戦隊モノにハマってからの良いところを書きましょうか




まず基本的にすぐ泣くし打たれ弱かった長男坊ですが




戦隊モノの影響で心身ともに俄然強くなりました




賛否両論ありますがうちの子に限っては戦隊モノを観せてよかったなと思います




あと




このルパンレンジャーパトレンジャーを通じて交友関係が広がったようだということでしょうか




それまでクラスの友達や特定の仲の良い友達と遊んでいた息子の口から




「今日○○くんとパトレンジャーした」


「今日は○○くんがルパンブルーで」




等々あるときから他のクラスや学年の違う子の名前がチラホラ出てくるようになり




これはひょっとするとこのレンジャーを通じて遊び仲間が増える傾向にあるのかもと




思う今日この頃です。




先日の日曜日に静岡市にある科学館るくるへ遊びに行った際には




「よこーくぅするぅーよこーくぅするぅ」




と息子がルパンレンジャーのテーマ曲を歌いながらボールプールで遊んでいると




いつの間にか同じくらいの男の子が2人やってきて




「パトレン1号!」
「パトレン2号!」
「ルパンコレクションはいただく!」




ともはや自然と幼児公用語が機能し始め





その場で1時間近くパトレンジャーごっこが繰り広げられていました。




面白すぎる




と思うのは私だけでしょうか。




それを知っている
それが好きだ
ということを共通項にして




遊べる子どもの素敵さよ。




またね!
  1. 2018/04/21(土) 09:50:00|
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4月20日(金)春の親子遠足ちゃん

こんばんは七転八倒です。

トラップ。




昨日は幼稚園の親子遠足で富士サファリパークへ行ってきました





去年の遠足と言えば次男坊を産んでまだ2週間足らずの絶賛床上げ前に参加したため




周囲のママ達から物議を醸し出し




アラフォーの出産なめんなよ




死ぬよ?または




更年期ヤバイよ等々




悲鳴にも近い気遣いを頂戴したのですが




今年は1歳になった次男坊も連れ大手を振って行ってきました




去年はまだ幼稚園に慣れていなかったため




遠足そのものよりもママと同伴だということに喜びを見出していた長男坊も





年中ともなると遠足が楽しみ過ぎて前の日の夜一丁前にテンションがおかしくなったりしていて




そこに成長の集約をみた気がします。




友達と遊びとお菓子とママ




大好きなものが全て揃った状態それが遠足そうでなくっちゃ




走り回ってすぐ見失って危ないこと注意していうこと聞かなくて怒ってトイレ促して笑ってはしゃぎ倒して帰りたくないって喚いて諭して走り回ってトイレ促してお土産でアワアワしてたら集合時間ギリギリで




もう頭がパンクしそうでしたが





楽しかったです。
お前がかよ!



因みに動物園に遠足行って買ったお土産が



コレ。




おかしいだろ!




最初ティラノサウルスの口が動くフィギュア欲しがって



急いでたからちゃんと値段確認しないでレジ持ってったら



¥3500ですって言われてやっぱやめます!って言って



息子と恐竜のフィギュアの前で喧嘩して




最終的にこの¥1720のトリケラトプスになったのです。




たかだか遠足のお土産に¥1720は高いだろ!!!




もう時間がないのとそしてなんつっても¥3500の後で麻痺してたから買っちゃったんだけど




それよりも




息子と一緒にいた友達(←同じく恐竜好き)も息子がトリケラトプスをレジに運ぶのを見ると




彼も自然に流れるように同じトリケラトプスをレジに持って行き




全く買うつもりのない母の度肝を抜くという羽目に。




彼女は小刻みに震えながら断腸の想いで財布を出していました
恵美ちゃんすまんな




してやられた母達なのでした。




そして他にも恐竜好きの子らはやはりお土産に恐竜のフィギュアを買っており




それらをバスの中で戦わせたりして




同乗した先生に複雑な微笑みをいただいたのでした




またね!
  1. 2018/04/20(金) 11:11:07|
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4月18日(水)自己分析ちゃん

こんばんは七転八倒です。

ノーユーモアノーライフ。




いつからそうなっちゃったの?




物心ついた時からずっとそうだったわけではありません




私が笑いを愛するようになったのには至極真っ当な理由があります。




というよりも




後から自己分析した結果理由を導き出したといった方が正しいのですが




できれば二十歳やそこらに何事もなく




恋愛と友達とお菓子とお洒落に悩んだりはしゃいだりしていたかったと思うし




そうであればもっと人を信頼し友達も少なくなかったはずでしょう。




簡単にいうと病気になって若さ故に生きていたくないと思った時期が私にはありました
数年前のブログに書いてあるので気になる方は探してください



私を支えるものはお母さんたったひとつ




それまで信じていたその他のモノやヒトはことごとく崩れだと思うようになりました。




それでも死ぬわけにはいかないので




どうにか健全に生きるために折り合いをつけようと奔走していました。




その手段の一つが演劇であり劇団であり役者だったのですが




次第に私は数多くあるジャンルの中から自分の表現が笑いに偏っていくことを止められませんでした




最終的には演劇から芸人の域にまで食指を動かしていくことになるのです。




これはよくうちの旦那がやっていることですが




悲劇と喜劇は表裏一体で受け手によっても常に逆転するものであり




駄目なこと残念なこともも見方を変えれば笑いに変えられる




というスペシャルなスキルだと思えるようになったのでした。




つまり




笑いに変える力ユーモアを身につけていくうちに




悲しみも苦しみも痛みも乗り越えらるな




と思うようになってきたのです。




つまり私にとって笑いは魔法であり生きる力なのです。




あの一番辛いとき他人という他人を排除して生きてきた私は




今になって一周も二週もしてとことん




人を受け入れてみたいと思う




何より今人を育てているのだから。




またね!
  1. 2018/04/18(水) 10:56:50|
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